「モジャ!」 season2 第五回
追熟女
「ありがとう、ラ・フランス。君のおかげで、俺は俺の白モジャを愛せそうだよ」
と言いながら、え?…とラ・フランスを二度見して、それでも何とかその、え?…を言い終えてから、お、とラ・フランス三度見した。
わずか数秒の間に、ラ・フランスは少女から、大人の女へと成長していたのだ。
「追熟って言うのよ」と、喋り方も、声の抑揚もすっかり大人の女に成長したラ・フランスが言った。ただ、その瞳の色だけは、生まれた時と変わらない薄い緑色だった。
「つい・・じゅく。聞いたことないな」
「普通の人はあまり使わないかもしれないわ。でも、私だけじゃなくて、メロンやバナナ、キウイ。あとアボカドもそうなの」
「ラ・フランス。君は一体何の話をしているの?」
「つまりね、ラ・フランスを木からもぎ取って齧るとするでしょ。大抵の人は、採れたてのみずみずしい果実の味を想像するわよね。例えばいちご狩りで、その場でイチゴを摘んで食べた時のフレッシュな甘さを味わう時みたいに。でもね、ラ・フランスは違うのよ」
「もう一度、聞くよ、ラ・フランス。君は一体何の話をしているの?」
「枝からもぎ取って齧ったラ・フランスはね、例えるなら、生の大根を齧っているような味なの。まだ熟してないのね。私たちはね、枝から離れてようやく甘くなるの」
相変わらず、何の話かわからなかったけど、また同じ問いかけをするのも面倒になってきた俺は、自分の息の短さに半ば呆れながらも、易々と妥協する我が心に“げんじつろせん”と大きめのフリ仮名を振って、だけど、その現実路線がどんな目的地に向かう路線なのか、その路線図がまだ描けぬままに、他にやりようがないから少女を見る。
いや、そこにいるのは、もはや少女ではなかった。体の輪郭はしなやかな丸みを帯び、まだ柔らかかった髪は陽射し跳ね返すような弾力を宿していた。そして、ついさっきまで薄い緑色だった目は、熟れた黄色に変わっていた。俺は、この色づきの中に、追熟を見た。
「どうするの?」ラ・フランスは、俺に尋ねる。
「どうするって?」俺は問い返す。
「こっちが聞いているのよ」ラ・フランスが逆ハンドで打ち返す。
「わからないよ」俺は、ラケットを宙に放り投げる。
「変な人」ラ・フランスが笑う。俺は、女が笑うのを見るのが好きだ。笑う女は美しい。もしそれが、打算でも媚びでも悲しみでも自虐でもない、心からの笑いであるのなら。
「普通は、どうするの?」俺は逆に尋ねた。
「私には普通がわからないけど、まぁ、大抵は剥くわね」
「剥く?」
「そう、剥いて、食べるの」
「食べるって、君を?」
「うん」
「痛くない?」
「うん、だって、食べられている時、私はいつも別のことを考えているから」
「別のこと?」
「種を飛ばして欲しいって。私の中の種を、できるだけ遠くに、バラバラに。…ねぇ、モジャさん、やってくれない?」女は、黄色い瞳と黄色い声で俺を見た。(続)
ロケ地:横浜 野毛
lyric:ミフキ・アバーチ
photo:ta_mural
衣装提供(サングラス):タケちゃん