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「モジャ!」 第八回 ミニョッカ

 DOCE ESPIGAはポルトガル語だった。ヴァスコ・ダ・ガマと同じように。意味は、甘いトウモロコシの穂。冷凍都市TOKYOを溶かす、黄土色の陽だまりだ。 俺はまだ反抗期なのかもしれない。「待っている」と言われれば行く気が失せる。だから寄り道をする。足踏みをする。タップダンスを踊って足をつる。

  ガラス戸を開けると、甘い蜜の匂いがした。「いらっしゃいませ」と店主の女が出迎える。店の奥で小麦粉を捏ねている金髪の女が振り向いて「いらっしゃいませ」とリフレインする。だけど俺は知っている。同じ言葉も同じ女も同じ欲望も同じ退屈も存在せず、残り香とともに消えていくことを。一期は夢よ、ただ狂え。
 「今日は売り切れ。ごめんなさい」女店主が感じのいい声で言う。
 「でも、何かないですか」行きつけの居酒屋のように無茶を言ってみたのは、女店主の声をもう少し聞きたいと思ったからだ。「別に、売り物じゃなくてもいいんです」
 女店主は、売り物以外を求める客、もはや客とは言えぬこの俺を、一瞬驚いた顔で見る。驚きの後にあるのは、大抵怒り。悲しみの後に何があるかなんて、俺は知らない。
 だけど、女は笑った。「髪、梳かしたら?」と俺の頭を指差して、ますます笑った。 目の前の女が笑えば、俺のミッションは完了だ。他に為すべきことなど、あるだろうか?  

  「クイズでもしよっか」女店主は言った。想定外の返しだったが、もちろん俺は乗っかった。想定外を楽しむこと。敢えて巻き込まれていくこと。それが探偵稼業の生業なのだ。
 「それでは問題です。この地球上で、最も多い生物の種類はなんでしょう?」
 「昆虫」俺は即答する。
 「凄い…」女店主は、瞬時に正解を答えた俺を、羨望の眼差しで見つめた。だが、何の事はない。『大昆虫展』のパネルデザインを担当したおかげで、少し昆虫に詳しくなっただけなのだ。

 「はい、ご褒美」女店主がエプロンから取り出したのは、クロワッサンを数珠繋ぎにしたような胴体に、オバQよりは多い毛をモヒカン型に生やした茶色の物体。
 「ミミズ?」と尋ねると、「違うわ、ミニョッカ」と南米の赤土のように微笑んで言う。
 「ポルトガルの子供に人気のキャラクターなの。ピカチューみたいなものかしら」
 俺はそのミニョッカと呼ばれる物を握った。それは、柔らかく温かかった。柔らかく温かい物に触れるのは久しぶりだった。強くに握ると音がした。「来て」俺にはそう聞こえた。

 「何処(いずこ)へ?」大正浪漫風に問いかける。
 女店主が弥勒菩薩のように天を指差す。 (つづく)


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ロケ地:ホテルワールド会館(中野)
御菓子:DOCE ESPIGAのオリーブクッキー
lyric:ミフキ・アバーチ  photo:サマーカーター・トゥーイ  starring:ウーコ・カオターカ