「モジャ!」 season1 第七回
走れモジャ!
気づけば、俺は走り出していた。
走りながら、俺はインスタ映えを気にしていた。俺のモジャは、正しく風になびいているだろうか。人は、真実の自己を見ることができない。
鏡は左右を反転させて映し出す。逆さまの俺が俺に問いかける。君は、ジミ・ヘンドリクスを聴いたことがあるか。
「ポルトガルの上で待ってるわ♡」手紙はそう締めくくられていた。
ワープロ打ちの原稿の最後、そこだけ直筆の丸文字で。手紙の主は果たして、俺に依頼してきたあの女だろうか。この世界には2種類の女がいる。ユーミン的女とフーミン的女。十代の頃スースキスに溺れた俺は、三十代を過ぎてやさしさに包まれた。
あらゆる環境問題は、あらゆるオスが滅亡すれば解決するだろう。マイクロプラスチックに蝕まれたアラフィフの肉体が、出来損ないのY染色体で壊れかけのRadioを歌う。「女たちよ!」息切れしながら、伊丹十三とハモる。
甘い卵焼きも、酢豚に入ったパイナップルも、高見沢のアルフィーも、ベーヤンの口髭も、ネバヤンもなべやかんも、ホールデンもストラドレイターも、ごめんなさい神様さえも。ボウルの中で撹拌されて、広島風お好み焼きの鉄板に流し込まれる。「熱すれば皆、忘却の彼方さ」ポピュリストたちの高笑いが、浮ついた鰹節たちを踊らせる。
しかしけれども、た〜だひとつ。スガシカオの眼鏡をかけて譲れないこだわりを伝えたい。春は曙、広瀬はアリス、ホッピー飲むなら黒がいい。
「ボーっと生きてんじゃねぇよ」チコちゃんが耳元で怒鳴る。
その声に俺は立ち止まり、草刈正雄風の声色で囁く。
「…チコちゃん、生きることはね、ボーっとすることなんだよ」
意味深長げな顔芸と言い逃げの技術さえ身につければ、大抵の虚無は乗り越えられる。
靖国通りからビクトリアの角を曲がりながら俺は、迷子と寄道の境界線を指でなぞった。
袋小路のその先に、浮かび上がるは蜃気楼。ユー、やっちゃいなよ、新しい地図。
…DOCE ESPIGA。
読み方不明の看板は、秘密の花園への入口だ。(続)
ロケ地:DOCE ESPIGA(神田小川町三丁目)
lyric:ミフキ・アバーチ photo:サマーカーター・トゥーイ starring:ウーコ・カオターカ