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「モジャ!」 第九回 偽造文書

 突き出された女主人の人差し指は、白い天井を指しているようにも、サタデーナイトフィーバーへのリスペクトのようにも、あらゆる邪気を妨げる避雷針のようにも見えた。
 ポルトガルの甘いお菓子の匂いを全嗅覚で味わい、ミニョッカと呼ばれるポルトガル玩具を全触覚で感じている俺は、ポルトガル的実在をVRよりリアルに感じている。だが、実際の俺は、ポルトガルに行ったことがない。知っているのは、薬物使用を非犯罪化することで犯罪率を減らすことに成功した国という、マイケル・ムーアのドキュメンタリーで知り得た薄っぺらの情報だけだ。
 こうやって俺の意識は、すぐに脱線して行く。何かを考えていると、記憶という内圧や人の目という外圧が水のように浸透し、集中力が紙のようにふやけて、本題が消え失せる。

 そこで俺は、とりあえず、「モジャ!」を読み直した。
 と言っても、今回で9回目だから、1回目から読み直すのも面倒くさくて、適当に4回目から読み直した。予想に違わず、内容は何もなかった。写真を見れば、なぜか将棋を打っている。なぜ、あの日あの時あの場所で、将棋を打っているのだろうか。君に会えなかったから、だろうか。
 わからないからと言って、やめてはいけない。本当は逆なのだ。何かをやめるべき時は、よくわかった時だけなのだから。そして、俺は、5回目と6回目を続けて読んだ。いや、読むのは面倒くさいから、とりあえず写真だけを見た。5回目は古畑任三郎ばりに自転車に乗っている。向かう先には、今俺がいるポルトガル菓子店がある。にも関わらず、6回目では、その手前にある釜飯屋に入り、赤鉛筆を口に咥えスポーツ新聞片手に競馬の予想をしている。俺は、ますますわからなくなった。時空が歪んでいるのか。俺の記憶が分裂しているのか。まるでルーシー・イン・ザ・スカイの世界だ。

 例えば、第二次世界大戦中のナチスのように。あるいは、ベトナム戦争下のペンタゴンペーパーズのように。権力組織は本物の記録を書き換え、自らに都合がいい物語を紡ぎ出す。勿論、我が国ではそんな事態は起こらない。何しろ、もり蕎麦とかけ蕎麦が名物の美しい国だ。舌足らずで叫べ、アンダーコントロール。
 棘は美しいバラにあり、毒は甘い饅頭の中にある。探偵は、ワイルドサイドという名の祭りの後の掃除屋だ。シュレッダー済みの文書を解読し、断片から抹殺された真実を救い出し、脳内に懐かしい女を呼び起こすためだけに酒を飲む。

 手がかりは、7回目の文中にあった。「ポルトガルの上で待ってるわ♡」というメッセージ。それはまさしく、今、俺の前で、ポルトガル菓子店の女店主が指している場所だった。 (つづく)


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ロケ地:徳兵衛 3階(御茶ノ水)
lyric:ミフキ・アバーチ  photo:サマーカーター・トゥーイ  starring:ウーコ・カオターカ/CANON EOS Kiss X3