「モジャ!」 season2 第二回
 取調室


え、これってザムザ的な話な訳?あ、ザムザって、あのザムザね。カフカのザムザね。朝起きたら虫になってたっていう、あのムザンナなザムザね。いやだから、ロザンじゃないし、ママンでもない。今日ママンが死んだのはカミュね。ペストじゃなくて異邦人ね。
朝起きたら、俺のモジャが全部白髪になっていた。
理由はまだない。名前はまだない。じゃあ、いずれ何かがあるのかと問われれば、それはまだわからないと答えるしかない。今日未明の未明って、一体いつのことなんだ?  ていうか、一晩で白髪になるってことあんの? 実際の話。まぁ、それで何か困るわけって強めに逆ギレされたら、今のところさして何も思い浮かばないけど、あえて言うなら、僕が僕であるためにってこと。十五の夜ってこと。尾崎豊ってこと。この支配から卒業したいけども、ここで言ってるこの“この”が、何十年も前に学校を卒業した俺からすれば、一体どこの何を指しているのか、もはや皆目わからない霧の中の風景だってこと。

「本当に、思い当たる節はないんだな?え?」と、蟹江敬三似の捜査官がデスク上のライトを持ち上げて俺の目元にグイっと近づけてくる。熱い、眩しい、って仕草を反射的にしてはみるけど、実際のところ、熱くも眩しくもない。
「記憶にございません」ってまさか俺が官僚的答弁をやるとはなって復讐するは我にあり風に突っ込みながら、やってみちゃえばこりゃ楽だ。ポイントは、鈍感経由の神妙顔芸。
「だけどこれは、紛れもない事実だろう」と捜査官は、俺の白モジャをゴツゴツとした手で鷲掴む。痛い痛いって、反射的に顔を歪めてはみるにはみるけど本当は全然痛くない。でも、とりあえず流れ的に痛いフリをしながら、今度はちょっと怒ったフリをする。
「こっちが聞きたいですよ。朝起きたら、こうなってたんですから」と、無意識に本当のことを宣えば、「とぼけるな。見え透いた嘘を」と耳を貸さないのは、この捜査官が人間ではなく、結論ありきのシステムの一部に過ぎないからだ。
えっと、どうやら俺は容疑者らしいのね。白モジャ事件の。で、被害者は・・・いや、 そりゃまぁ、俺かぁ。うん、きっと俺、だろうね。ご覧の通り、白モジャなわけだし。

「よく思い出してみろ、昨日のことを一部始終。もしお前が何も隠していないとしたら、 何かを忘れているんだろう。記憶を辿るんだ。朝起きて、何を食べ、何を着て、どこへ行き、誰と会ったか」 俺は、捜査官に言われるがままに記憶を振り返ってみようとするけれど、頭に浮かんだのはなぜか着ぐるみを着たふなっしーの姿だった。そもそもふなっしー自体が着ぐるみななのに、さらにもう一枚ふなっしーの着ぐるみを重ね着しようとしてるふなっしー。マトリューシカタイプのふなっしーなのだった。

「いや、昨日オフでした」何も思い出せないことをこれ以上、思い出そうなんてせず、あるいは思い出せませんなんて、ぬけぬけと正直に告げたりもせず、一発変換で最初に出てきた言葉を吟味せぬままにエンターキーを押したのは、目の前の問題を適当にやり過ごすことこそが問題解決の近道であるのだと、誰に教わったわけでもなくこの身に備わった処世術によるもので、それはつまり社会の俺の、いや、俺の社会のバイアスで、時に、脳内のぼんやり感を開く鍵となり、逆に回せば失敗の本質となる諸刃の剣の手裏剣だ。
あるいは相手の質問に対して、その質問自体に意味がないと全否定するよりも、一旦相手の土俵に乗っかった上で適当に回答する探偵仕込みのスパイ論法が、この日常を生きていくフォーマットだと思い込んでいるのだろうか。え、誰が? プシュー。(続)


lyric:ミフキ・アバーチ  photo:サマーカーター・トゥーイ  starring:ウーコ・カオターカ