片岡好デザイン事務所

メイン画像

「モジャ!」 第一回 ソテツの上で

 モジャモジャしている。モジャついている。それとも、モジャっているだけなのか?

 …なんの話だ、一体? そりゃ、俺だってわからない。だけど、ずっとこうして生きてきたんだ。気づけば、40代もはや下り坂。 東京、千代田区、神保町。東方学会本館330号室。訪れた人は、大理石でできた段差の高い階段を昇りながら、「小学校みたいだね」なんて、少し息を切らしながら言う。平成生まれとか、21世紀生まれの若者たちは、さすがにもっと現代的な小学校に通ってきたらしく、「こんな建物、はじめて」と、息を切らさずに言う(俺は、女性に「はじめて」と言われるのがたまらなく好きだ)。

 東方学会本館の竣工は、1926年。日本の暦で言えば、大正15年。クリスマスには元号が、昭和元年に切り替わった。芸能人で言えば、菅井きんと同い年。いや、それもこれも、ウィキペディアの情報が正しければの話だが。

 窓を開ける。午前11時の光は生ぬるい。徹夜明けなのだ。何しろさっきまで、「たべるのがおそい」の表紙の下書きを描いていたから。これを工房に持って行き、銅版画に仕上げねばならない。
 「たべるのがおそい」の表紙は、いつも女である。これが男であってはならない。だってたべるのがおそい男なんて、うんちくが多い面倒臭い野郎か、締め切りを忘れて発泡酒に溺れるバカチンに決まっているじゃないか、まったく。だけど、たべるのがおそい女は、違う。そんな俗っぽさから遠く離れた遥かなる次元で、ゆっくり超然とたべている。さながらヨギーの瞑想のように、その存在はたべるという行為そのものと合一する。神々しいその姿は夜空の星々のように、壊れかけの男たちを照らし出すのだ。

 窓から顔を出し、通りを眺める。俺のモジャが風で少し揺れた。スマホを見ながら歩くスーツの男が過ぎ去っていく。下を見やれば、今日も古ぼけた建物の入り口に植えられたソテツが放射状に緑の葉を広げている。俺はこの南洋生まれの植物に、異常なまでの親近感を抱いている。もちろんそれは、ソテツがモジャっているからである。まさか、俺がソテツから生まれたなんてことはあるまいが、前世がソテツってことならあるかもしれない。こんな夢想をしてしまうのは、心のどこかで輪廻転生って奴を信じているからだろう。

 そのとき、俺のもうひとつの携帯が鳴った。「…探偵さん?」受話器の向こうで若い女の少し鼻にかかった声がした。(つづく)

モジャ!第二回

罫線