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「モジャ!」 第六回 酔いどれ詩人

 一日ニ数滴ノ酒ト少シノ糖分ガアレバ。

 ホームレスは、角のように生えたウィスキーボンボンをポキリと折って差し出した。 ありがとう、と俺は言った。飴玉を貰う5歳児のように棒読みで。 人は100%の新しさに出会うと、驚きさえも蚊帳の外に放置する。

 ケッシテ怒ラズ、タダシズカニ笑ッテイル。

 「また、生える?」ビッグイシューと同額の三百三十円を払いながら俺は尋ねた。 ポケットに放り込んだ男の角が、象牙密輸業者の後ろめたさで俺の心を鈍色に変えた。 「また会えるさ」男は、俺の言葉を聞き違えて答えた。 脱線した言葉の軌道が、ブランコのロープのように緩んだまま形状記憶されていく。 手を振って歩き出す俺に、「ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん」と男が笑った。

 ウィスキーボンボンは、甘く、懐かしく、少し焼肉のタレの味がした。 俺は、今日一日に起こった奇妙な出来事を思い返していた。女は俺に依頼した。依頼は空っぽだった。依頼自体を見つけてほしいと女は言った。美しいデコルテだった。ホームレスが帽子をとった。ウィスキーボンボンが生えていた。

 口の中でカカオと混じり合うウィスキーの蜜を味わいながら、俺は、どこか異世界に迷い込んだように感じていた。焼肉のタレの味は、咳止めシロップの味に変わっていた。ここは一体、どこなんだろう? モジャ・イン・ワーダーランド。
 薄水色の空を見上げれば、月が西から昇っている。野犬が月に吠えている。「ここは猫町」ディス・イズ・ムカイシュートクの声がする。いつも、なぜおれはこれなんだ。 

 事務所に戻ると、見慣れたドアに「貸事務所」と書かれたパネルが貼られている。 ちょっと、ちょっとちょっと。ここは、俺の事務所のはずだよ。 永遠なのか、本当か。現実は俺のあずかり知らぬところで春の虫のように蠢いている。アンダーコントロールなんてあり得ない。
 途方に暮れる足元に、分厚い雑誌が落ちている。それは、谷川俊太郎氏の詩に俺が挿 絵を添えた「新潮」1月号。拾い上げてページを捲ると、一枚のメモがハラリと落ちる。 「二十億年の孤独から、こんばんワイン」 これは、詩でしょうか、茶魔語でしょうか。…こだまでしょうか、いいえ、誰でも。


STORY:ミフキ・アバーチ  PHOTOGRAPHY:サマーカーター・トゥーイ  STARRING:ウーコ・カオターカ

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